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東京高等裁判所 昭和60年(行コ)40号 判決

控訴人(原告) 増淵建次郎

被控訴人(被告) 江戸川税務署長

訴訟代理人 中西茂 郷間弘司 ほか二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が昭和五五年八月三〇日付でした控訴人の昭和五四年分所得税の更正(但し、裁決により一部取り消された後のもの)のうち分離短期譲渡所得の損失金額一五七万八五八一円を超える部分及び控訴人の同年分所得税に関する過少申告加算税賦課決定(但し、裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張及び証拠関係

次につけ加えるほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一  原判決書二〇枚目裏三行目中「非業務用資産」から同二一枚目表二行目中「したがつて、」まで及び同六行目から同裏七行目までを削る。

二  控訴人

1  原判決の示すような解釈は、譲渡所得の基因となつた資産の取得に要した出捐に関して、当該資産の取得目的区分毎に課税要件規定を別箇に創設し、これを根拠に本件譲渡収入からの利息控除を否定するもので、憲法三〇条及び八四条の租税法律主義に反する。

2  本件処分は、本件資産が居住という家事上の用途に供されたことを理由に本件譲渡収入からの利息控除を否定したもので、所得税法四五条一項一号の規定が譲渡所得の金額の計算にかかわる一切の家事上の出捐に適用し得ないことを看過して、これに違反してその影響を本件に及ぼした違法がある。

3  所得税は、その支払源泉となる所得金額によつて測定される担税力に応じて課される人税であるところ、本件処分は、自己資金で資産を購入し得た者と自己資金の不足を補うため借入金に利息を負担して資産を取得し得た者との間に譲渡所得の金額に利息負担分の差が生ずる事実を無視して、これら二者の担税力が同一であると断ずるに等しい誤りを犯しており、社会通念に反して違法である。

4  本件処分は、所得税法三八条一項の解釈適用に際し、税法上遊休のまま退蔵された資産を優遇して資産の退蔵を助長し、有効に活用された資産を不当に差別して資産の有効利用を阻害するもので、公共の福祉に反する。

三  被控訴人

控訴人の右主張は争う。

理由

一  控訴人が、本件資産の取得に際し、昭和四九年一二月九日フアースト・ナシヨナル・シテイバンクから七六七万七〇〇〇円を借り受け(利率は、六〇〇万円につき年三・六パーセント、一六七万七〇〇〇円につき年七・二パーセント)、昭和五〇年一月二四日からその元金、利息の返済、支払を行つていたことは、当事者間に争いがない。

被控訴人は、本件譲渡所得の金額の算定に当つて、右支払利息のうち資産の取得費に算入し得るのは、本件資産が居住の用に供された昭和五〇年一月三一日(この事実については、当事者間に争いがない。)までの期間に対応する金額である四万九七八六円に限ると主張し、これに対して控訴人は、使用開始時までに限定せず、資産の譲渡時までに支払つた利息一三四万五七九九円全額を右取得費に算入すべきであると主張し、この点が本件における唯一の争点であるので、以下この点について判断する。

二  譲渡所得課税は、資産の値上り益に対する課税であり、資産が他に譲渡されて所有者の支配を離れるのを機会に過去の値上り分の所得を清算してこれに課税しようとするものであるから、その本来の趣旨からすれば、客観的な価値の増加益すなわち当該資産を取得した時点におけるその資産の客観的価値(一般市場における取引価値)とこれを譲渡した時点におけるそれとの差額をもつて譲渡所得の金額とし、これに課税すべきこととなるはずのものであるが、所得税法は、このような方式は採用せず、収入金額から資産の取得費と譲渡に要した費用とを控除し、更に特別控除額を控除したものをもつて、譲渡所得の金額とすることとしている(同法三三条三項)。

そして、資産の取得費とは、原則として「その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額とする」こととされている(同法三八条一項)。

そこで、右にいう「資産の取得に要した金額」とは、資産を取得するためその対価として支出した金額(例えば、売買契約によつて資産を取得した場合の売買代金)がこれに当たることはいうまでもないが、これに限られるものではなく、そのほかにも、例えば、不動産売買における仲介手数料のようなものは、右の文言の解釈上、資産の取得に要した金額に含まれると解せられる。

本件で問題になつている資産の取得のための借入金の利息は、前記設備費及び改良費に当たらないことは明らかであるから、これが譲渡所得金額の算定に当たつて控除の対象となるかどうかは、結局、所得税法三八条一項の規定にいう「資産の取得に要した金額」に当たるかどうかの解釈問題であり、右に例示したような典型的なもののほかにどのようなものがこれに含まれるかの問題であるところ、この点につき特段の細則的な定めはないから、譲渡所得課税の立法趣旨及び所得税法上譲渡所得課税について定めた他の諸規定との調整等を総合的に考察して、合理的に解釈すべきものである。

ところで、さきに述べたように、譲渡所得課税の本来の趣旨からすれば、取得時と譲渡時における資産の客観的な価格差に対して課税することが要請されるはずであるが、右にみたように、所得税法は、基本的には、現実の収入金額と実際に支出した取得費との差額をもつて譲渡所得金額とする建前をとつているので、この点において既に客観的な価格差を把握するという要請は後退しているとみざるを得ない。しかも、資産の譲渡という局面についてみると、所得税法は、明文をもつて「譲渡に用した費用」を控除することを認めているのであつて、このことと対比すると、資産の取得という局面においても、前記仲介手数料のような典型的な費用のほかに、資産の取得のために実質的に欠かせない費用とみられるものがあれば、これを「資産の取得に要した金額」に含まれるものとして控除の対象とするのが相当であると考えられる。このように、譲渡所得金額の算定に当たつて譲渡ないし所得に要した費用を控除することを認めることは、その分だけ値上り益が生じなかつたという見方をとれば、値上り益に対する課税という譲渡所得課税の本質と何ら矛盾することはないということができるが、値上り益というものは純粋な価値の増加であるとみた場合には、必ずしも譲渡所得課税の本質に由来するものとはいえず、むしろ純所得(ネツト・インカム)に対する課税という所得課税の基本的原則がここにも採り入れられているものとみるべきこととなろう。このことは、所得税法が譲渡所得金額の算定に当たつて前記のように設備費及び改良費の控除を認めていることからも首肯することができる。

そこで、資産を取得するための借入金の利息についてみると、資産の取得のための資金を調達するに当たつて、手持ちの自己資金のない者は、他からの借入金に頼らざるを得ず、また、資産取得の対価に充てるに足る自己資金を有する者であつても、何らかの事情により借入金をもつて資産を取得しようとすることもあり得るところであり、このような場合には、おおむね例外なく利息の支払の約定に伴うものであるから、利息の支払は、資金調達のための避けられない支出であり、ひいて資産取得のために必然的に伴う出費、換言すれば、資産取得のために実質的に欠かせない費用であるということができる。したがつて、資産の取得の対価に充てるための借入金の利息は、前記「資産の取得に要する金額」に当たると解するのが相当である。

なお、右のように解することに対して、借入金利息の支出は、資産の取得に当たつて必ずしも通常一般的に伴うものではなく、また、資産の取得のための直接の負担というよりはむしろ間接的なものに近いということが指摘されよう。しかし、現時においては、譲渡所得課税の大半を占める土地建物の取得に当たつては、多かれ少なかれ金融機関から利息の負担のある融資を受けて、これをもつて取得の対価に充てる者が多数存することも事実である。もつとも、前記の解釈によると、他からの借入金に頼らず自力で資産を取得した者が、譲渡所得金額の算定に当たつて不利益を被るかのような観を呈することは避けられないが、このような者は、原則として担税力において優位にある者といつてよいから、かかる結果を生ずることは必ずしも重要なことではない。また、費用として直接的か間接的かという点は、多分に相対的なものであり、資産取得のために直接必要な対価以外の支出は、すべて資産取得のための費用であり、直接の対価と比較すれば、いずれも間接的な支出といわざるを得ない。そして、このような費用の中でどれが直接的でどれが間接的かを識別するための明確な基準も存せず、せいぜい、資産の取得という目的により密接に結びついているかどうかという点から見るほかない。そうすると、借入金の利息は、例えば、さきに例示した仲介手数料と比較すれば、右のような結びつきがそれほど緊密であるとはいえないにしても、土地建物の購入に際して支出する他の諸々の費用の中では、その密接度は高度なものといつてよく、これを「資産の取得に要した金額」に当たるというに妨げない。

なお、租税特別措置法施行令二二条の八第一二項及び一九条四項は、借入金ないし負債の利子を土地の取得の費用と区別して規定しており、また、所得税法施行令一〇三条及び一二六条は、たな卸資産の評価及び減価償却資産の償却方法を定めるにつき、その取得価額に借入金利息は含まれないと解する余地のある規定を置いているが、右は、いずれも、譲渡所得課税の場合における譲渡所得金額の算定に当たつての取得費の控除とは制度を異にするものであるから、後者の場合の取得費の範囲についての解釈において別異に解することの妨げとなるものではない。

三  そこで、次に、借入金利息を「資産の取得に要した金額」に当たるというために、時期的な制限があるか否かについて検討する。

1  右の規定を文理的に見ると、資産を取得する時点までに既に支出した金額のみがこれに当たり、資産取得という目的を達成した後に支出した金額は、たといその性質上資産の取得に必要なものであつてもこれに含まれない、と解するのも一つの見方であるように考えられる。しかし、右の規定をそのように解するのは、あまりに狭きに失し、文理に捉われ過ぎたものというべきである。右の規定に「要した」といつているのは、一般に資産の取得に要すると考えられるすべての費用を、現実の支出の有無にかかわらず、客観的に評価して控除の対象とすることを認めるのではなく、納税者が現実に支出した費用に限り、資産取得のために実質的に欠かせないと認められるものを控除の対象として認めるという趣旨を明らかにしたにすぎないとみるべきである。したがつて、右規定が、資産の取得のために支出した費用を時期的に区分し、資産取得時以前の支出にかかるものは控除の対象とし、資産取得時以後の支出にかかるものは控除の対象としない、というような内容を定めたものと解すべきではない。

そうすると、資産取得のための借入金の利息は、その性質上資産の取得のために実質上欠かせない費用に当たるとみるべきこと前記のとおりであるから、これが現実に支払われたのが資産取得の前後いずれであるかを問わず、原則として「資産の取得に要した金額」に当たるといつて差し支えない。

2  しかしながら、資産を取得した者が、現にこれを自己の居住の用に供するなどしてその使用を開始した後において、なお引き続き支払つている借入金利息については、これを「資産の取得に要した金額」に当たるといえるかどうかにつき問題がある。

この場合、当該資産は、これを取得した者の完全な支配管理の下にあり、しかも、その現実の使用という新たな目的に供されることとなつたのであるから、当該資産の取得という目的のための費用として支払われてきた借入金利息は、当該資産が現に使用に供された時点においてその目的を変じ、じ後は、その資産の維持・管理という目的のための費用として支払われることになつたものということができる。換言すれば、右支払利息は、その性質が資産の取得費から資産の維持管理費に変つたものというべきである。

そして、このような費用は、資産を自ら所有することによつて生ずべき利益(他から借り受けて同様の目的に使用するとすれば負担すべきこととなる賃料相当の金額の支出を免れることによる利益)に対応する費用の性質を有すると解されるから、このような利益(帰属所得)に対して所得税が課される制度の下においては、これに対応して右費用も控除の対象とされるはずのものであるが、現行所得税法においては右のような制度は設けられていないので、右費用を控除する根拠を欠くことになる。そうすると、取得された資産が現に使用に供された後に支払われる借入金の利息は、もはや「資産の取得に要した金額」に当たるということはできず、譲渡所得金額の算定に当たつてこれを控除することは許されないと解すべきである。

四  なお、所得税基本通達(昭和四五年七月一日直審(所)三〇)三八―八(昭和五四年直資三―八、直所三―二〇による改正後のもの)は、「固定資産の取得のために借入れた資金の利子(賦払の契約により購入した固定資産に係る購入代価と賦払期間中の利息及び賦払金の回収費用等に相当する金額とが明らかに区分されている場合におけるその利息及び回収費用等に相当する金額を含む。)のうち、当該固定資産の使用開始の日(当該固定資産の取得後、当該固定資産を使用しないで譲渡した場合には、譲渡の日)までの期間に対応する部分の金額は、業務の用に供される資産に係るもので、三七―二七又は三七―二八により当該業務に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されたものを除き、当該固定資産の取得費又は取得価額に算入する。固定資産の取得のために資金を借入れる際に支出した公正証書作成費用、抵当権設定登記費用その他の費用で通常必要と認められるものについてもこれに準ずる。」と定めており、右の取扱いは上記の解釈に合致するものである。

もつとも、右通達は、所得税基本通達三七―二七が、個人の業務用資産の取得のために借り入れた資金の利子のうちその使用開始の日までの期間に対応する部分の金額を当該資産の取得価額に算入することができると定めている(その前提として、法人税の場合に、使用開始前の借入金利息につき取得価額に算入するかどうかを法人の任意処理に任せる取扱いをしている。)ことから、これとの権衡を図るため、非業務用資産についても同様の取扱いをすることとしたものであり、かかる取扱いは、資産を取得するための借入金の利息は取得時までに支払つたものに限り取得費に算入することができるとの解釈を前提とするもののようであるが、そのように解すべき必然性はなく、上来説示のように、使用開始時までに支払つた借入金利息は取得費に算入することができると解すべきである。そして、このように解する場合には、右通達は当然のことを定めたことになる。

五  なお、原判決が本件の前示争点につき説示するところは、その立論において上記の解釈と趣旨を異にする点もあるが、結論において異なるものではないと解される。

ところで、右のような解釈によると、当該資産を自己使用等に供しないまま他に譲渡した場合には、譲渡時までに支払つた借入金利息は取得費に算入されることになるところ、当初から転売目的で資産を取得し、値上りを待つて他に譲渡した場合には、同様に解さざるを得ないから、結果においてこのような目的で資産を取得した者を有利に取扱うことになる。この点につき、控訴人は、税法上遊休のまま退蔵された資産と有効に活用された資産とを区別し、資産の有効利用を妨げることになるから、公共の福祉に反すると主張するが、結果としてそのような現象が生ずることがあり得るかどうかはともかくとして、右の解釈は、もとより、かかる結果を目指し、又はかかる現象を助長させることを意図するものではないから、何ら公共の福祉に反するものではない。

六  控訴人は、本件処分ないしその依拠する法解釈は、自己資金で資産を購入した者と借入金でこれを購入した者とを差別するものであると主張するが、いずれが有利に取扱われるかは、一概に決し難いところがある。前示のように、借入金をもつて資産を購入した者については、少なくとも使用開始時までの借入金利息は取得費として譲渡所得金額から控除されるのに対し、自己資金で資産を購入した者についてはかかる控除はないのであるから、後者の方が譲渡所得課税の負担が重いことになり、この面ではむしろ借入金で資産を購入した者の方が優遇されるというべきである。もつとも、このような者は、自己資金を利用した者より利息を支払う分だけ余分の出費を余儀なくされ、その点において経済的に劣位にある者ということができ、控訴人が担税力において同一でないと主張するのも、この点を指すものと解されるが、他方、自己の手持資金を資産の購入のために費した者は、右資金を運用することによつて得べかりし利益を取得し得ないという経済的不利益を被ることになるのであるから、この点においても両者の間に著しい差別があるとはいい難い。したがつて、控訴人の右主張は失当である。

控訴人は、また、本件処分ないしその依拠する法解釈は、不当に所得税法四五条一項一号の規定を本件に推し及ぼすものであると主張するが、前示の解釈は、もとより右の規定とは何ら関りのないものであるから、右主張は失当である。

七  以上のとおりであるから、控訴人が本件資産の取得のために借り受けた金員の利息として支払つた金額のうち、右借受けの日である昭和四九年一二月九日から前記居住の用に供された昭和五〇年一月三一日までの期間に対応する部分のみが、本件譲渡所得金額の算定に当たつて取得費として控除されるべきである。

そして、右支払利息のうち昭和四九年一二月九日から昭和五〇年一月二四日までの分として四万三三六二円が右同日支払われたこと、その内訳は、元金六〇〇万円に対応する部分が三万九八四四円、元金一六七万七〇〇〇円に対応する部分が四五九八円であること、控訴人が昭和五四年五月二五日までの利息として一三四万五七九九円を支払つたことは、当事者間に争いがない。

そこで、昭和五〇年一月二五日から同年一月三一日までの七日間に対応する借入金利息の額を計算すると、次の〈1〉、〈2〉の合計六四二四円となる。

〈1〉  六〇〇万円に対応する部分 四一一五円

(6,000,000-39,844)×0.036×7/365=4,115

〈2〉  一六七万七〇〇〇円に対応する部分 二三〇九円

(1,677,000-4,598)×0.072×7/365=2,309

そうすると、本件資産の取得に算入することのできる借入金利息は、前記四万三三六二円と右六四二四円との合計四万九七八六円となる。

八  本件資産の譲渡所得の計算上控除すべき取得費の額についての当裁判所の判断は、原判決理由説示中、原判決書二八枚目裏四行目から同三〇枚目裏二行目までのとおりであるから、ここにこれを引用する。

九  控訴人の昭和五四年分の所得金額の計算についての被控訴人の主張中、以上の部分を除いたその余の部分は、当事者間に争いがないから、本件処分には何ら違法はないというべきである。

したがつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 舘忠彦 新村正人 赤塚信雄)

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